テロリスト列伝 Ⅰ『サムソン』(その5)

冬野由記

2009年11月30日 00:46

《『サムソン』 その5》

 サムソンのかけた謎は、格別に難解であった。というよりも、客たちは、その謎に何か寓意めいたものを感じた。実際、この謎は寓意に満ちていたのだが、不幸なことに、このことがペリシテの客たちの知的好奇心と敵愾心をおおいに刺激してしまった。
 イスラエルの名族の嫡男であり、幼いころより「神に選ばれた子」として、いつかはイスラエルの民を率いる者として育てられてきたサムソンは、勇士というだけでなく、一流の教養人でもあった。婚礼の宴席における余興であっても、彼はその文化人としての素養を披露することを躊躇しなかったということである。さまざまな困難を退けて花嫁を得た喜びに酔っている若者が、自身の秀才をはばかることなく晒す危険を冒してしまったとしても、その思慮不足を責めるのは酷ではあろうが、いわばおふざけの余興にまともな問題を突きつけられた客たちはいささか鼻白んだとともに、この生意気な若者を少しばかり懲らしめてやりたくなった。彼らは本気で新郎の謎かけを解こうとしたのである。

 ――食らう者、強いものとは何か。食物、甘いものとは何か。

「ペリシテの高貴な方々。婚礼の間にわたしの謎が解ければ、上等な麻の衣と着替えを一着ずつ組にして、方々に贈ろう。解けなければ、慣習に従って、方々が、麻の衣と着替えを一着ずつわたしに贈ることになる」

 婚礼の七日間、客たちは智恵を絞ったが、これといった答えが導き出せない。なかば冗談として真剣さを見せて謎を論じていた客たちも、いつの間にか本気になっていった。気の利いた答えを導き出せない客たちの前で、新郎が勝ち誇ったような笑みを浮かべ続けていることも(笑みを絶やさず、落ち着いた物腰で客たちを遇し続けているのは、教養人サムソンの行儀のよさでもあったが)彼らの敵愾心に油を注いだ。いまや謎を解くことではなく、新郎をやりこめて散財させることが客たちの目的となってしまった。
 七日目、客たちはとうとう最後の手段に出た。謎を明かすように花嫁に迫ったのである。しかし、当の花嫁も夫となる人の出した謎の答えを知らなかった。そこで、客たちは、花嫁の耳にこんな毒を吹きこんだ。

「なんと、花婿は、これから一心同体となるあなたにさえ秘密を明かしていないのか? 彼は本当に、心の底からあなたを愛しているのか? そうだ。夫となる人の愛を確かめる好い機会にもなる。花婿から謎の答えを聞きだしてみよ。なあに、婿殿にしても、あなたの同族である我々から財産をまきあげることが本意ではあるまい」

 不幸なことに、この毒は効いた。実は花嫁もまたこの七日間、不安と不満を募らせていたからである。

――続く――

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