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冬野由記
冬野由記
標高と緯度の高いところを志向する癖があります。そんなわけで、北国でのアウトドアや旅が好きになってしまいました。
旅の印象を絵にしたり、興が乗れば旅に携帯した笛を吹いたりすることもあります。

2007年09月23日

三輪車

 少し大きくなってから、そう、小学校高学年の頃、幼い従兄弟の三輪車に
「お! ひさしぶり」
 と、またがってこいでみたことがある。

 ― あれ? 変だな。

 と戸惑うくらい、思うようにこげなくて、驚いたおぼえがある。
 何とか前に進むことができたとき、とても力が要って、こんなに重かったかなと首をかしげた。

 よくよく考えてみれば、
 ・車輪が小さい。
  効率が悪いわけだ。
 ・ペダルの長さと車輪の半径にそれほど差はないが、ペダルが当然短い。
  じかに車輪を回す以上の力が要るわけだ。
 ・チェーンがない。
  それなりのペースで進むには、ペダルを猛烈な速さで踏む必要があるわけだ。

 こんなものを、ぐいぐいこぎながら、暴走していたとは。
 子供の脚力はあなどれない。

 そういえば、山に登ったりすると、大人顔負け・・・というよりも、大人をはるかにしのぐペースで山を駆け上る子供をみかけることがある。大人が肩で息をしているのに、彼らは、大きな声で叫びあいながら、はしゃぎながら山を駆け上っているのである。
 そんな子供は、まず、幼稚園くらいかせいぜい小学校低学年だ。
 高学年や中学生になると
「しんどい」「たるい」「つかれた」
 という顔をして、たるそうに登ってくる。

 この急激な体力の衰えは、なんなのだろうか。
 走るのが当たり前で(歩くほうが難しい)、走っても走ってもばてない、息が上がらない。

 ああ、その体力を分けてくれぇ!


Copyright (c) 2007 Fuyuno, Yuki All rights reserved.

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Posted by 冬野由記 at 00:18│Comments(5)徒然なるままに
この記事へのコメント
幼児の体力は、私にも永遠の謎です。
少し前、テレビで3歳の女の子が両親と槍ヶ岳に登頂した
ビデオを観ました。凄い体力に唖然としました。検索すると
いろいろと同じケースが出てきました。

脚の筋肉は使わないとたちまち萎縮しますね。私、35歳で
大学へ入って、体育でアキレス腱を切りました。ギブスで
固定され、3週間後には、太ももの筋肉が削げ落ちて、
一番太いところでも両手で握られるほど細くなりました。

宇宙飛行士は地球に帰還してから、すぐには階段が登れない
ようです。それどころか、歩くことすら出来ない場合もあると
聞いています。
Posted by スー at 2007年09月23日 23:12
スー様

 こんばんは。
 子供の、あの爽快な身体の軽さ、動きの早さ。
 なぜかれらは、いつも走っているんだろう、と感じます。

 「髀肉之嘆」
 ですね。
 脚の筋肉にはいちばん生活が出ますね。
 それだけに、スポーツ選手が脚を傷めたときの苦労は察するに余りあります。
 彼らは、それを元に戻して現場復帰するのですから、ほんとうにすごいと思います。

冬野
Posted by 冬野由記 at 2007年09月23日 23:40
子どもは、疲れるとか、そういうものは感じずに、体力の限界まで、うごいてうごいて動きまくって、そして、沢山寝る・・・
そのくり返しではないかと最近思います。
彼らの、心臓のパワーは、まだまだ、弱く、また、成長するためには、血液を体の末端まで、送らなければならないので、沢山動く事により、血液を循環させているという話を聞いたことがあります。
子どもにとって、動くのは、生理現象の様なもので、とても自然なことなのかもしれません・・
だからこそ、体格に似合わない大きな力を発揮できるのかも・・・
血流が良いと、疲れも、取れやすいといいますし・・・
まあ、推測ですが・・・
Posted by nyankohime at 2007年09月24日 00:46
筋肉でも頭脳でも使わなければ、衰えて消滅してしまう。
洞窟などの光のない世界に棲む魚は目があっても視力は零だそうです。

若し速く走る必要があって、いつも走っている動物の四股は異常に発達するでしょう。
大空を翔る巡る鳥に翼が備わったように、人間にも空を飛ぶ必要があったなら、この両腕は翼になっていたでしょう。
だがその代わり重い脳は退化し、鳥のように小さな頭で、思考力は零に近く、脚力も腕力も低いいでしょうね。

しかし人類はほかの生物とは断然違った頭脳が発達しました。
その知能であらゆる物を発明発見、海に潜り空を翔り、宇宙をも征服しようとしています。

「髀肉之嘆」 蜀の劉備の故事
馬に乗って戦場に赴くことのない日が続き、股の肉が肥え太ったことを嘆く。
即ち功名や技量を示す機会に恵まれないのを嘆く。

お節介jijii
Posted by jijii at 2007年09月24日 11:12
>nyankohime様

 「成長するためには、血液を体の末端まで、送らなければならないので、沢山動く事により、血液を循環させている」
 なるほど!
 目からうろこです。
 成長過程で脆弱だからこそ、動き回ることで維持される成長。
 赤ん坊が手足を動かすのは、一種のシミュレーション・トレーニングだという話を思い出しました。
 走り、わめき、頭の中もくるくると刺激に満ちて・・・
 生き、伸びるための未来との約束なんですね。
 きっと。
 すばらしい!

>jijii様

 「私はだれ?」
 かえりみる力を得た頭脳はいろいろと語りかけてくるのでしょうね。自分自身に。
 「私は鳥ではないの? 翼が無いから? 空を翔けてはいけないの?」
 「私は魚ではないの? 息ができないから? 海に遊んではいけないの?」
 そして最後に、こう問うかも知れませんね。
 「私は神ではないの? 未来を見通せないから?」

 「髀肉之嘆」フォローありがとうございます。
 ところで、日本で人気の劉備は中国では不人気だそうです。中国人の(以前の)部下から教えられました。
 「劉備は何かというと泣くでしょ? 劉備は泣き落としで天下を三分したって言うんですよ」
 よく泣きますね。たしかに。
 髀肉之嘆も、劉表の前で涙ぐんで「どうした?」と聞かれたのがきっかけでしたね。
 でも、この率直さと人情ゆえに私たちは共感してしまうんですけれどね。

冬野
Posted by 冬野由記 at 2007年09月24日 22:20
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三輪車
    コメント(5)