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冬野由記
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標高と緯度の高いところを志向する癖があります。そんなわけで、北国でのアウトドアや旅が好きになってしまいました。
旅の印象を絵にしたり、興が乗れば旅に携帯した笛を吹いたりすることもあります。

2010年07月04日

テロリスト列伝 Ⅰ『サムソン』(その32)

《サムソン その32》


 デリラを背負い、鬼神のように猛り狂っていたサムソンが、なぎ倒すべき標的を見失って正気にかえったとき、荒野(あれの)にはペリシテ兵たちの屍が、枯れ萎んで捨てられた花弁(はなびら)のように撒き散らされていた。その周囲を、砂まみれになったイスラエルの若者たちが囲んで歓声を上げている。
 立ち止まったサムソンの傍らに駆け寄った若者のひとりが、ロバのあご骨を器用に拳(こぶし)にはめているのを見てサムソンが言った。
「その拳で何人殺した?」
「千人!」
 サムソンが笑いながら歌った。
「ロバのあご骨で、ひと山、ふた山! 打ち殺した! ロバのあご骨で、千人!」
 若者たちも歌った。
 甲冑に身を固め、盾と剣で武装した支配者たちを、武器を持たぬ奴隷の子孫たちが、打ち棄てられた獣の骨で圧倒してしまったのだ。彼らは勝利以上のものに酔っていた。
「ロバのあご骨で打ち殺した! ロバのあご骨で、千人!」

「聞け!」
 サムソンが叫んだ。
 サムソンの腕には、まだ気を失ったままのデリラが抱かれている。その白い衣服と黒い髪が風に舞った。その姿は自信にあふれている。日ごろサムソン自身が語るように、神から降り注がれた何かが彼の全身を輝かせているように見える。
「聞け! イスラエルの者たち」
 歓声におおわれていた荒野が静まった。吹きわたる風の音だけがあたりを走った。
「ペリシテから追われたこの娘(むすめ)は、我らの神を、我らとともに信じたいと言った。思えば、かつてエジプトを追われた我らの先祖が、モーゼに率いられ、神に導かれてこの地に入ったとき、神を信じ、神と約した者のみがこの地を与えられたのだ。この地を約束されたのは、神と約し、神の戒めを守る者である。たとえペリシテ人(びと)として生まれても、ペリシテから追われ、神と約すと言うのならば、この娘もまた同胞であり、イスラエル人(びと)であり、約束の地の正当な住人である。そして……そして、神と約さず、戒めを守らぬ者は神の敵であり、この約束の地から追うべき悪魔である。これより、わたしは、約束の地を義(ただ)しい信仰をもつ者――同胞に取り戻し、悪魔を滅ぼすために戦う」
 このとき、二千人の若者たちにとってサムソンの言葉は、すなわち神の言葉であった。つまり、この場に居合わせた彼らにとって、サムソンはモーゼと同じ、偉大な預言者となったのである。

――続く――

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Posted by 冬野由記 at 22:57│Comments(0)短編小説
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